2009年12月23日

必死でいいや

必死だね。熱心だね。

色々と言われる。
まあ、それでいいか。

なぜそんなにも一生懸命なの?ってきかれる。
何でも一生懸命やってみる。
それが私なんだとしたら、それでいいか。

何となく、考える時間も好きだけれど、考える事を
やめて、あるがままの自分を楽しむのもいいものだなあ。

ふと思ってみた。
理由はきっといつか自然に見つかるんだろうな。
その理由は今と違ったとしても、それはそれ。

自分が必死になっている事に力を集中させた方が
いいもんね。


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人それぞれ

「思い込み」が悪いと感じてしまうことってありませんか。
言い方を変えれば「信念」「自分の判断基準」「こだわり」だっ
たりすることも多い。
だったら、良い悪いなんではなく、自分がそういう「こだわり」
のようなものがあるんだと認識するだけでいいんじゃない
かな。

それを今の自分の成長にはもう必要ないなと思う時がきたら、
きっと自分で捨てられる。付箋のようにつけかえ、取り外し
可能って気分できたらいいんじゃないのかな。

そんな事を思い、昨日のコーチングの中でクライアントさんも
その事に気付いて、気持ちが軽くなっていたようでした。


これは自分が高校になるときに感じたものに近いのかも知れない。
中学までは「リーダーは1番でなければならない」とずっと親
に言われてきました。
学級や学校で役職をもらっていたから、ずっとそうでなければ
と親の言葉を信じて、必死に何でも一番でいなくちゃと思って
いた。
けれどもそうそう1番で居られることばかりではなく、自分の
事をずっと駄目人間だと思った時期もあった。

けれども高校へ行ったら、進学校に進んだこともあり1番で居ら
れるどころか後ろから数えた方が早いところから始まった。

「世間にはすごい人達が居るもんだ」と井の中の蛙だったこと
を思い知らされ、

「1番になることが大切なのか?私は何をしたいんだ?」と
自分が何のために一番になろうとしていたのかをもう一度考え、

「先頭になってひっぱらなくても、十分まとまるじゃん」と
今まで拘ってたことが、違う方法で達成できそうな事も知った。

多くのことを感じ、私は「一番でいなければならない」という
こだわりを捨てた。
周りと支えあう事、周りを巻き込んでいく方法を見つけた。
他の人には、もしかしたら当然のことかもしれなかったのだけ
れど、私には「大発見」だったのでした。

何よりも、中学の時にいじめられたり無視された経験のあった
私には、心から笑い合える仲間が居ることがこんなに幸せなん
だという事を感じられた転機でした。

成長の中で、いらなくなる拘りがあれば捨てればいい。
中学までは、そのこだわりがなかったら、もしかしたら私は
生きていられなかったのかもしれない。いじめなどに屈し、命
を断っていたのかもしれない。

「たられば」(もし〜だったらという意味)の話しではあるけ
れど、中学では必要であったであろうこだわりは、高校になり
必要ではなくなった。その時は自らそのこだわりを捨てる事が
できた。
今までよりどころとしてきた拘りなので、捨てるのが簡単だっ
たわけではなく、躊躇はありました。
けれども、「要らない」と思ったら、自分が大きく変われた気
がします。

人それぞれのこだわりがある。
そして、その人の中でも、その時だけ必要なこだわりもある。
それでいいじゃない。
ただ、自分と同じこだわりを周囲の人も持っているんだと勘違い
しないこと、自分のこだわりが何なのか知ることって、感情の
コントロールにも役に立つと私は思っています。

あなたにはどんなこだわりがありますか
あなたの周りにはどんなこだわりがありますか


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